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宮沢りえ30年前のヌード写真SantaFe撮影秘話を語る。美談かそれとも美化された18歳の苦い思い出か

若かりし頃にヌード写真を発売した女優が、後年になって当時を振り返ることがある。日本歴代圧倒的ナンバーワンの発行部数を誇る「Santa Fe」の宮沢りえもまた、最近になってまた当時を振り返った。2021年10月、千鳥かまいたちアワーというテレビ番組に宮沢りえが出演した。その番組の中で、「Santa Fe」について話すシーンがあった。当時未成年(18歳)だった宮沢りえが、なぜヌード写真を発売するにいたったのか、という本人談だ。

18歳の宮沢りえ

宮沢りえがなぜヌード写真を決意したのか?

彼女がいうには、「モデルさんへの憧れがすごくあって、ヌードに対しての抵抗感はそんなにはなかったんです。きれいだなって思ってました」と当時を回想していた。確かに、ヌード解禁となって世間はヌード写真のブーム前夜である。ヌード写真に抵抗感を感じるよりも、憧れとして感じたことは珍しくはない。そして、こう続ける。「オファーを受けた際は承諾するか悩んで、撮ってみて嫌だったらやめればいいと思ってました」と。撮ってみてやめるという選択肢は恐らく無かっただろうと想像できる。というのも、このヌード写真集を撮影したのは、あの篠山紀信である。御年80歳になるが、ヌードを撮らせたら右に出るものはいないだろう。誰のヌード写真が重要なのは言うまでもないが、誰が撮影したヌード写真かも、ものすごく重要なのがこの世界。篠山紀信に撮られた写真をみて、やっぱり辞めるという女優はいないだろう。ヌードを芸術品に仕上げてくれる、それが篠山紀信だからだ。

santafe

篠山紀信の前に、決断する以外の選択肢はなかった

そして、宮沢りえは最後にこう締めくくる。「撮影してもらった写真の仕上がりを確認すると「きれい」という印象を受けまして、出版を決断しました」と振り返った。どんな女優だって、一度脱いで篠山紀信に撮られたら、同じ気持ちになって出版を決めるだろう。しかし、この話を美談として受け取っていいものだろうか。というのも、2015年に別のインタビューでは、撮影前にはヌードの話を聞いていなかったと答えている。つまり、ヌードになると決めたのは撮影が決まって(このタイミングではヌードとは聞いておらず恐らく、普通の写真集だと思っていたはず)、その後、宮沢りえの母親が「ヌードは美しいときに撮るべきだ」という説得があったとされている。

いずれにせよ、いまから30年も前の写真集がこうして話題にあがる、これ自体が「Santa Fe」のすごさを表しており、18歳のヌード写真が一世を風靡した日本社会の異常さを物語っているのではないだろうか。

宮沢りえが脱いだ理由を初めて語った20年目の真実。

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