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ZARD坂井泉水の無名時代セミヌード写真集は、激レアお宝写真集|プレミア写真集発掘企画

蒲池幸子『NOCTURNE』は、ZARD坂井泉水が本名で活動していた時代の幻の写真集

蒲池幸子(かまちさちこ)は、享年40歳で他界した伝説のJ-POPグループZARDのボーカル坂井泉水の本名である。6枚目のシングル「負けないで」で大ブレイクしたのだが、その後生涯にわたってメディア露出もライブ活動も一切行わず、数回のテレビとラジオ出演以外はCD発売だけしか音楽活動を行わない伝説的なボーカルである。彼女は音楽活動以前は、モデルとして活動しレースクィーン時代もあり、同期に岡本夏生がいる。その坂井泉水がモデル時代に撮影したのがセミヌード写真集『NOCTURNE』である。

坂井泉水写真集

ZARD坂井泉水は90年代を代表するトップボーカルアーティストだった。

蒲池幸子の後に芸名を坂井泉水とし、1991年に音楽活動を開始すると、「マイ・フレンド」「負けないで」「揺れる想い」など10作近い作品で次々とミリオンヒットを記録し、これは現在まで史上最多記録で、まさに90年代の代表的なアーティストの1人となった。特に「負けないで」はZARDの知名度と人気を爆発的に上げた最大のヒット曲である。恋愛曲から応援曲へ転換した曲であり、皮肉にも発売された1993年からまさにバブル崩壊の失われた10年が始まる年にあたる。

坂井泉水写真集2

メディアに露出する機会が非常に少ないのは、所属事務所ビーイングに特徴であるが、ZARDがその先駆者といえる。CDのジャケットにも正面写真はほとんどなく、本当は歌っていない写真用タレントなのではないかといった都市伝説も当時は広まっていた。2000年に入ると、子宮筋腫、卵巣のう腫と次々と病気が発病し、通院する日々が続いた。その後、治療期間を経て音楽活動を再開するかと思われていた矢先、入院先の病院内のスロープから転落死する。40歳没。

ZARDの音楽は、「時代の伴奏者」として未だに影響を与える存在である

死後しばらくして若くして他界した彼女への再評価が一般メディアを通じて行われることとなった。時代を励ました音楽と題して特集を組むテレビ局もあり、日本のポピュラー音楽の重要人物として位置づけられるようになっていった。そして、ZARDの音楽を「時代の伴奏者」として世間一般として捉えられるようになっていく。

尾崎豊やマイケル・ジャクソンのように、亡くなってからファンになる人も続出し、当時はあちらこちらの中古CDショップで売り切れ続出だったことを思い出す。特に「負けないで」が高校野球の応援の演奏曲として頻繁に使われるようになったり、全国の高校400校で採用される英語の教科書でも掲載されることとなった。

そんな坂井泉水の超貴重な激レア写真集が『Nocturne』

このように、メディアに露出することが滅多にない坂井泉水が、音楽活動前のレースクィーン時代に撮影されたセミヌード写真集が『Nocturne』なのだ。ジャケット写真にしろ何にしろ目線が合うカットがないと言われる中で、真正面からとらえた数少ない写真である。さらには、セミヌードという激レア過ぎる写真集が『Nocturne』なのである。

『Nocturne』はオークションで高額取引されるお宝写真の代名詞

1990年に発売された本写真集は発売当時1000円代で買えたのだが、坂井泉水死去後に価格が暴騰し、ヤフオク等で20万円以上で売買され宝写真集の代名詞であった。お宝写真集は未だに健在で例えばAmazonでは10万円近くの値段がついている。彼女の死因(自殺説、事故死説)が今でも議論されるくらい社会にインパクトを与えた人物であるから、この値段はしばらく下がることはないだろう。

『Nocturne』は未だに手に入るのか?

Amazonでは定期的に売買されているようだが、値段は10万円は見ておいたほうがいい。古本屋でもたまに見つけることもあるが、それでも10万円近くしていた記憶がある。ヤフオクは極稀に出品されることがあるが、状態が良いものは少ない。かれこれ10年以上も前の写真集だから、もし兄や父親の本棚があれば、こっそり覗いてみるのもいいかもしれない。もしかしたら、ひっそりと本棚の片隅にあるかもしれない。

坂井泉水の謎「死因」「性格」「病気」「結婚と彼氏」

メディアに露出しない坂井泉水は、謎が多い。その謎めいた存在が、音楽を研ぎ澄まさせファンがファンをよぶことになったと思う。未だに語れる謎の1つが、死因、性格、病気、彼氏や結婚である。

坂井泉水写真集3

坂井泉水の本当の死因とは?

死去してから死因については、様々なメディアで取り上げられており憶測のオンパレードだった。当時は自殺説もあったが、遺書もなく歌詞を書いたり復帰に前向きだったことから音楽関係者側は自殺説を否定していた。ただひとつ言えるのは、最後まで癌と闘ってきたわけだから、仮に自ら命を落としたとしても病死と考えるべきだと思う。子宮頸がんから、その後肺に移転した癌を考えると厳しい状態だったことは想像つく。その中で、抗がん剤の副作用と闘いながら最終的に命を落としたのは、それは病死なのだと思う。自殺か事故死か、そんな二分論で片付く問題ではない。

誰も知らない本当の坂井泉水の性格

これもよく語れる坂井泉水の謎の1つ。もちろん、インタビューやメディアで口を開くことがない坂井泉水を、一般の人が知りえる手段は皆無といえる。ブログや音楽関係者、メディア、うわさ話までひっくるめて考えると「美人で人気者、ただ自身は控えめな性格で、芯は強いが天然な人。仕事への努力は人一倍」。これが共通する評価だと思われる。死後に音楽葬が執り行われる歌手は、それなりの人徳もあったのだろう。

坂井泉水の恋人や結婚相手はいたのか?

プロフィールでは、彼女は未婚であったし、恐らく実際にもしていないと言われている。2001年~20006年に発売された歌は、全てある1人への追悼ソングであり別れた特定の人物がいるとの噂があった。あとは、不動産会社や事務所社長と不倫関係にあるというデマはよく出ては消えてった。